strawberrychocotan’s diary

我が家はアラフィフの母、子供二人(中学生の息子と小学生の娘)、老犬さくら(ジャックラッセル)の3人と1匹家族。

対人恐怖症だった自分に嫌気がさして人を怖がらなくなるにはどうしたらいいか考えた件

 

私、対人恐怖症だという自覚がありました。

特に同性である女性に対して。

育った環境もそうさせていたと思います。

一人っ子で母は虐待的、父は子供に無関心で自分のことしか考えていないタイプ。(母の虐待的はそれほど強いものではなかったけど、今のご時世だったら1回や2回は児童相談所に通報されてたかなって感じ、父はもう私には関係ない人っていう感覚)

しかも両親とも会話が成り立たない、人を思いやるという概念がないタイプ。その私の私の人間性も育たなかったと思います。なのでお友達との関係をうまく築くことができず、高校生くらいまではずっといじめられっ子でした。

家には安心して関わり合える人が誰もいなかったため、あまり会話することもありませんでした。

 

ってわけでどこに行っても人間関係うまくいかない=人が怖いとなってたわけですね。

 

アルバイトしても、社会人になって仕事しても、周りの人が自分をどう思ってるのか、仕事ぶりはどう評価されてるのか怖くてしょうがなく、不安が強かったと思います。

そして仕事はできてたのか?というと、今の私がその当時を振り返ると、もう全然ダメですね。同世代の子と比べても全然だと思います。何しろ人を思いやるということができない=上司やお客様に何を求められているのか全く感じ取れない訳です。

そうなると周りの人からの評価は当然上がりません。アルバイトしていても新しく入った子がどんどん昇給するのに、自分は全然評価されない。

 

自分なりに「何でだろう?」とは思っています。そして上司から指摘されることも間々ありました。例えば

 

・値札シールを貼る位置。先輩の皆さんは同じところにきれいにそろえて貼っているのに私はバラバラ。(指示をよく聞いたり、人がどうしているかを確認理解してから仕事していなかった)

 

・ノートへの記帳。黒字と赤字で分けて書いているのには理由があると考えず赤やら黒やら自由に記帳していた(ルールに気づいて確認することが足りなかった)

 

・時間の配分を考えず仕事をしていた(職場の他己評価で指摘されて初めて気づいた)

 

などなど。細かいことを挙げたら数百、いやそれでは済まないでしょう。

社会人になって間もないうちはみなさんいろいろあると思いますが、私の成長が遅かった最大の理由は「コミニュケーション力の低さ」だったと思います。

そしてその「コミニュケーション力の低さ」を自覚していた私は対人恐怖症から抜け出せずにいました。

入社したての頃は人間関係悪くないのですが、だんだん周りが距離を置いてくる感じがするんですね。一生懸命仕事しているのに何かむなしい感じでした。

 

こんなことを何年もやっているといい加減「対人恐怖」に嫌気がさしてきました。

 

「私、一生こんな風におびえながら生きていくのかな?いい加減(人を怖がることを)やめたらいいいじゃん」

 

じゃあなんで人が怖くなるのか?

 

その時実際に「怖い」と思っている人は誰なのかをまず考えました。

 

・職場で同世代の女の子(本当だったら仲良くなる存在と勝手に思っていた)→だけど結局そんなに仲良くなってない→そんなに彼女を意識しすぎて恐怖まで感じる必要があるのか?自分の人生にとってそんなに大切な存在なのか?→いや、そうでもない、ただ同じ職場にいるだけの人

 

・その当時の上司→別にそんなに優秀な上司でもない(ごめんなさい)→他の子とはすごく仲がいいけど私にはそっけない→別にこっちもよく思わないからそんなに仲良くなる必要があるのか?

 

と、冷静に一人一人について判断してみました。すると、その当時周りにいたどの人もあまり私自身は必要と思っていない人のようでした。(こっちが腹の内で必要としていないのを感じるからこそあちらも距離を縮めなかったのかもしれません)

 

結論として思ったことは

・自分の人生でそんなに重要でもない、ただ職場が一緒なだけの人に怯えて過ごすのはバカらしい

・本当に自分が大切だ、この人のためなら力を尽くしたいと思える人が現れたらその人のためにできることをやろう

・人の評価を気にするのではなく「自分なりにどこまで努力できているか」を評価基準にしよう

・評価基準は「お金」ではない(人と比べて給料が安い高いという考えはナンセンス)

・こちらに攻撃的な人に対して怒ったりすることはエネルギーの無駄。自分のスキルアップにつながる内容だけ吸収してあとは勝手にやらせておこう

 

私の場合、心理的「この人なら信じられる」と思う人が誰もいませんでした(家族が前述の通りだったので)。だから近くに「信じられる人」が欲しかったんだろうと思います。でも家族を超える絆を結べる人って社会にはそんなにいないみたいです。(こんな状態で心療内科に通っていたらそこの先生に超依存していたと思います)

 

でも、自分のやるべきことは責任感を持ってやって、(人とのコミニュケーションが苦手であっても)周りの人を大切に思う気持ちを持つように意識してから、わかり合える人が増えてきたように思います。

 

自分のやるべきことは責任を持ってやろうと思いはじめてから、恥を忍んで「わからないこと」は「わからない」と言えるようになりました。「今更で申し訳ないんですけどこれってどうしたらいいですか」って。

 

対人恐怖症を克服したいなら他人より家族より

まず自分を一番大切に思うことだと思います。

 

だって大切(だと思う)人を怖がって自分の人生を棒に振る必要、ありますか?

それは両親や兄弟、夫(妻)、子供についても同じだと思います。

だから私、両親には心理的に距離を置いて付き合っていますし、(元)夫は子供たちの父であることは認めていますが、自分の感情に素直に接しています。

一人でも多くの人に「対人恐怖」から脱却して幸せな気持ちで生きてってもらいたいと思います。